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東京地方裁判所 平成4年(ワ)12992号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金二億八四一六万七三二四円及びこれに対する平成四年八月一二日から年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

一1  請求原因1及び5の(一)について

被告と訴外会社との間には平成二年一〇月一日付で物件一ないし物件四につき請求原因1(一)に沿う内容の各賃貸借契約書及び同日付で被告から訴外会社宛の右各賃貸借契約書に定められた入居保証金の領収書が存在している。

ところで、《証拠略》によれば、物件一ないし四は、平成二年一〇月一日当時、いずれも訴外会社の代表者である權藤和彦ないし同人の経営する会社が左記のとおり被告より賃借し、飲食店を経営していたものであることが認められる。

(一)(1) 物件名 物件一

(2) 契約日 平成元年八月一日

(3) 賃借人 有限会社冴

(4) 期間 平成元年八月一日から平成三年七月三一日まで

(5) 賃料 一か月 九五万六〇〇〇円

(6) 入居保証金 九三六〇万円

(二)(1) 物件名 物件二

(2) 契約日 平成二年三月二〇日更新

(3) 賃借人 有限会社マネージメントスキーム

(4) 期間 平成二年四月一日から平成四年三月三一日まで

(5) 賃料 一か月 八七万円

(6) 入居保証金 三九〇〇万円

(三)(1) 物件名 物件三

(2) 契約日 平成二年一〇月二二日更新

(3) 賃借人 權藤和彦

(4) 期間 平成二年一〇月二六日から平成四年一〇月二五日まで

(5) 賃料 一か月 二三四万五〇〇〇円

(6) 入居保証金 一億七〇〇〇万円

(四)(1) 物件名 物件四

(2) 契約日 平成二年三月一六日

(3) 賃借人 有限会社和彦

(4) 期間 平成二年三月一六日から平成四年三月一五日まで

(5) 賃料 一か月 八五万円

(6) 入居保証金 七八〇〇万円

しかるところ、《証拠略》によれば、訴外会社と被告との間の前記各賃貸借契約書及び各領収書は、被告代表者が權藤和彦から同人が新しく設立した訴外会社が金融機関から融資を受けるために右(一)ないし(四)の各契約の賃借人をいずれも訴外会社とする契約書等を作つて欲しいと頼まれ、これに応じて作成したものであるが、現実には訴外会社が従来の賃借人と交替して物件の占有を取得したり入居保証金を支払つたことはなく、被告代表者と当然そのことを了解していたものと認められる。

以上によれば、被告は訴外会社との間で物件一ないし四につき賃貸借契約の締結及び入居保証金の支払を仮装していたものと言うべきであり、請求原因1(一)及び(二)の各事実は認めるに足りないが、請求原因4(一)の事実はこれを認めることができる。

2  請求原因2及び5の(二)について

《証拠略》によれば、原告は訴外会社の代表者である權藤和彦から二億円の融資の申し込みを受けて、訴外会社が新しく設立された会社であることもあつて担保を要求したところ、權藤和彦より本件入居保証金の返還請求権に質権を設定するとの提案がなされたこと、そこで原告渋谷支店の次長であつた深沢義孝が平成三年三月二八日に權藤和彦とともに被告代表者に会い質権設定の同意が得られるか否か確認したところ、被告代表者はこれに応じる意向を示したこと、原告は訴外会社より担保差入証を徴求するとともに訴外会社を介して被告に対して担保差入証中の質権設定承認欄への署名・捺印を求めたところ、被告はこれに署名・捺印の上訴外会社を通じて同年四月一日に原告に提出したこと、右担保差入証は、四件分の入居保証金をまとめた形で作成されていたが、原告の手続上賃貸借契約ごとに分けて書類を作成することが必要であつたことから、原告において再度訴外会社から各賃貸借契約ごとの担保差入証を徴求するとともに訴外会社を通じて被告の署名・捺印を求めたところ、被告はこれに署名・捺印し、印鑑証明書とともに、訴外会社を介して同月三日原告に提出してきたこと、深沢義孝は、原告の訴外会社に対する融資の実行後、同年五月二四日、被告代表者に対して担保差入証等のコピーを渡すとともに融資がなされたことを報告したが、これに対して被告代表者より何らの異議も述べられなかつたことが認められる。

以上によれば、原告と訴外会社とが本件入居保証金返還請求権につき質権設定契約を締結したこと(請求原因2(一))、被告が本件入居保証金返還請求権に質権を設定することに同意したこと(請求原因2(二))及び原告は右質権設定契約の際に本件各賃貸借契約及び入居保証金の支払が仮装であることを知らなかつたこと(請求原因4(二))各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

なお、被告は、質権設定の同意は二億円の融資についてのみなされたものである旨を主張し、被告代表者尋問の結果にもこれに沿う部分があるが、《証拠略》には、「訴外会社が原告に対して現在及び将来負担する一切の債務の担保として入居保証金に質権を設定することを承認する。」旨が明記されており、かかる書面に署名・捺印することによつてなされた右承認の意思表示は、これを二億円の融資についての質権設定に限定する趣旨のものと解することはできないと言うべきである。

以上によれば、原告は、仮装行為を信頼した善意の第三者であるから被告は原告に対して仮装の内容に従つた責任を負うべきものと解される。

3  請求原因3について

《証拠略》によれば、請求原因3(一)ないし(三)の各事実が認められる。

また、請求原因3(四)の事実は当事者間に争いがない。

4  請求原因4について

(一)  《証拠略》には、請求原因4(一)のとおりの記載があることが認められる。

(二)  《証拠略》によれば、訴外会社が平成三年九月二日に銀行取引停止処分を受け(争いがない)、そのころ權藤和彦が行方不明となり、同年一〇月には物件一ないし四は、従来の賃借人である權藤和彦ないし同人の経営する会社に代わつて有限会社亮が占有するようになり、被告も有限会社亮を賃借人として扱うに至つた事実が認められ、これらによれば被告と訴外会社との間の仮装行為もその前提を失い、同年一〇月ころには終了したものと言うべきであるから、被告の仮装行為に基づく責任を論ずる上では右時点で賃貸借契約が終了し、明渡しがなされたものとみるべきである。

二1  抗弁1について

抗弁1(一)を認めるに足りる証拠はない。

2  抗弁2について

(一)  仮装行為に基づく責任を論ずるにあたつては、被告は真実の賃借人との間で生じた事情をもつて原告に対抗することはできないのであるから、これに基づく抗弁2(一)、(三)は失当である。

(二)  《証拠略》によれば、抗弁2(二)を認めることができるが、右金額による相殺をもつてしては本訴請求を減ずることができないので、これまた失当である。

三  結論

よつて、本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永野厚郎)

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